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ちゃぁんと日帰りで柳川まで行って帰って来れたよ!そして帰宅後せっせと季節外れのホワイトニングケアに励んでいる自分って・・・コスメなんてカテゴリーでブログを書いてる身としてはまことにお恥ずかしい限りなのである。 朝6時20分にウチを出て空港へ向かう。スキップサービスが使えるようになって、出発時間の15分前までに手荷物検査場に着けば間に合うようになったのって本当に素敵♪それでもまだ、案内掲示板に『手続き中』の表示があると焦って早めに行っちゃうんだけどね。機内では泥のように眠る眠る眠る。意外な掘り出し物のある機内販売にFragonardの練り香水セットがあったのに一瞬ココロが動いたけれど(Fragonardって全日空商事が輸入販売元なんだよね)「10日にESTEEの練り香水でいくら使う気なのっ!」と一喝して鎮火。機内サービスのカフェモカが飲みたかったけれど、胃の具合が今ひとつなのでこちらも諦めとにかく眠った。最短の空路が確保できたことで福岡へは予定時間より早く到着(着陸の衝撃で目が覚めたのは内緒だ)。これで到着後の行程がだいぶ楽になった。 乗り換え検索で調べておいた柳川までの行程は、10時半の特急に間に合えば11時17分に、間に合わなければ11時の特急で47分に到着することになっている。天神での地下鉄から西鉄への乗り換えがうまくできれば良いのだけれど(どきどき)。前方座席を予約しておいたのと空港到着が早かったお蔭で、乗り換え検索で表示された列車より1本早い地下鉄に乗れた。よしよし。天神で下車、案内表示を凝視しつつ『大牟田線のりば』目指して早足で歩く。川下りの乗船券が付いた柳川までの往復きっぷがあるというのでそれを購入。ふう、10時30分の大牟田行き特急に間に合った。 九州へ行くので、一応SPF40の日焼け止めを化粧下地に使っていたけれど(東京より西へ行くと、日射しが『痛い』と感じられるのは気のせいだろうか?お日様の光が格段に強いと思うのだが)朝5時に済ませたメイクである。果たしてこれで紫外線をどこまで防げるのやら(汗)。柳川までの特急の車内、窓際の席で沿線の様子を見たいと思っていたけれど、差し込んでくる日射しの強さに断念する。カーテンを閉め、またうとうとしながら(笑)移動。うーん、お天気が良いのは嬉しいけれど、王子が居るのに雲ひとつない晴れ間っていうのは予想外。うっかりどころかしっかり日焼けしそうだ。 久留米までは街中を走っていた筈の電車も、柳川のひとつ前の駅あたりからだろうか、車窓に広がる風景がなんとものんびりしたものに変わってきた。これは姫路に行く時、新快速で加古川に近付くと(明石、西明石までは街の風景だったのが)窓の外がのどかな田園地域になるのと同じじゃないか(笑)。似つかない筈の近藤さんとTALさんの共通項がまたひとつ見つかった。柳川駅のホームも、特急が停車する割にはやはりのんびり。番線は多いものの、桑名とか沼津とか姫路とか(←全部ライブで行った場所)そのあたりの駅によく似ている。階段を降り、改札を抜けたら・・・なんか妙な既視感。ここが遠く離れた九州であることを忘れてしまうくらい、自分の普段暮らしている場と大して変わらない様子に驚いてしまった。 ひとまず会場の水の郷まで向かい、チケットを引き換えてもう一度駅へ戻った。川下りの乗船案内場でチケットを見せ、送迎車で船着き場まで向かう。大きな鳥居をくぐり、赤い橋を渡って待機していた舟に乗り込む。定員は20名の舟だったけれど、10人程の乗り合いで出発。よく日に焼けたユーモアたっぷりの船頭さんと共に川下りはスタートした。 日射しは強く気温も上昇してきたけれど、川面を渡る風が涼しく気持ち良かった。水門を抜けお壕に入り、内堀り、外堀りと進んでいくコースは1時間あまり。船底や櫂の軋む音も、舟がカーブする際に水面の波立つ音も、船頭さんの語り口も全てが心地良い。家々の間を過ぎ、橋の下をくぐり抜け、時々川上りの舟とすれ違い、舟は進んで行った。まさに水郷、縦横にめぐらされた水路があちこちに広がり、堀端の民家には普通の暮らしがある。ちょうど白秋祭の最終日、夕方からは水上パレードがあるとかで、あちこちに白秋の写真や紅白のぼんぼり、祭のために設えられたやぐらなどがあったけれど、それがなければ舟で通るこちらが恐縮してしまうくらい、日常に溶け込んだ水路の中を舟は下っていった。 柳があり、クコの木が赤い実をつけ、金木犀が(まだ咲いていることにも驚いたけれど)甘い香りをはなっている。秋も深まった時期ゆえ、桜はすっかり落葉し、川沿いの菖蒲園も案内がなければ分からない程だったけれど、春や初夏に訪れたのならまた違った光景が楽しめたことだろう。壕に面した道は一部が遊歩道になっていて散策中の人の姿も見える。柳川高校の近くを通ると、テニスコートからボールを打つ乾いた音が響いてくる。さまざまな音があり、いくつもの木々や花があって、堀端には日常の暮らしがある。観光地とはいうものの、作られた不自然なにぎやかさを殆ど感じることなく、ただただ穏やかに時間が過ぎていった。案内で見た時には「えー、1時間も〜」と思った筈の時間もあっという間。ライブの時間を気にしなければ、川上りをして駅前まで戻りたくなるくらい(おいおい)心地良い時間が過ごせた。 船頭さんに場所を確かめ、舟を降りた場所から歩いて白秋記念館まで。このあたりが唯一、土産物店が軒を列ねる『観光地』っぽい場所だっただろうか(とはいえそれでもかなり控えめな造りだった)。信号を渡るとすぐに『白秋生家』の文字が見えた。火災で焼け残った母屋の部分が見学コースになっており、その奥に2階建の記念資料館がある。やはり既視感。実は自分の住む街にも歴史博物館があり、今は移転し随分と立派になっているものの(東北歴史博物館なる名前もついて常設展に加え特別展も催されている)小中学生の頃、何度となく足を運んだ歴史資料館がまさにこんな感じだった。生家には肉筆の原稿や白秋が手掛けた数多くの校歌や社歌の歌詞が並んでいた。掲示されている写真には与謝野鉄幹や木下杢太郎(父はこの人の作品が好きだったようだ)の姿もあった。生家と記念館の間には、これまた細い水路が流れ、シラサギが餌を探してついばんでいる。静かな町には実にゆっくりとした時間が流れている。のんびりと、時間を気にすることなくこの街を楽しみたかったなぁ(日帰り往復を決行したのは自分だからね)。そしてこれはもう叶うことのない願いなのだけれど、父(と母と)を連れて、この街を訪れてみたかったなぁと思った(←ちょうどその頃、自宅では父が経管栄養=昼食のあとでひと騒動起こしていたのだった・・・)。 タクシーで再び会場へ向かうと、タイミング良く都内のライブで顔を合わせるファンの方達と遭遇。あはは、と互いに苦笑いしながら開場までの時間を過ごした。入場列は前方も後方も『同窓会』の空気で埋め尽くされている(苦笑)。実は6月に、某hurdy gurdy兄さんの地元いわきにもライブを見に行っていた自分(同じ日にGFMで月例ワンマンがあったけどね)。あの時も地元感満載、明らかに同級生と判るみなさんが集っていたのだけれど、スタンディングのライブハウスが会場だったからなのか、男性陣の姿が目立っていた気がするのだが、この日はとにかく女性ばかり(笑)。それは王子の人柄によるものなのか、なんとなーく納得しながらテンション高め設定の同級生のみなさんを眺めてしまった。 ライブはこちらも1時間ちょっと(川下りと同じくらいの時間だ)。少々物足りなさを感じたのも事実だが、入手しやすいアルバムからの選曲を中心に、一見のお客さんでも楽しめるカバー曲を交えたりと、細やかな気配りの感じられるメニューだった。会場に掲げられた、高校の同級生作成の横断幕や、本編が終わると同時にステージに駆け寄って(それはもう大きな)花束を渡す人が相次いだあたりも、普段とは違った『お帰りなさい』の雰囲気がいっぱいの微笑ましい光景。とんぼ帰りとはいえ、やはり柳川まで足を運んで本当に良かった。 暑いからなのか感激したからなのか、はたまた集まった人の顔ぶれが顔ぶれだったからなのか、真っ赤な顔でサインを求める長蛇の列に応対している王子を横目に、会場を出て向かうは西鉄柳川駅。17時4分の特急に乗れれば飛行機の出発時間にちゃんと間に合う(その30分後だとスキップサービスでも綱渡り状態だ)。アンケートだけは書いてあたふたと水の郷を出た。(※超私信で申し訳ないのだけれど、会場で声を掛けて下さったロングヘアで笑顔の可愛い彼女さん、ご挨拶もそこそこに帰ってしまってごめんなさい!「いつも読んでます」って言われてびっくりしたのと、なによりアホみたいなコスメ買いの実態を知られているのかと思ったら恥ずかしくて、ちゃんとお礼の言葉も言えずに会場を出てしまいました。電車の時間もあって急いでいたので本当に申し訳なかったです。ありがとうございました&今後もこのまーんまだと思いますがよろしくお願いします※) 帰りの飛行機に乗る前に、実は朝から何も飲み食いしていなかったことに気付いて(うなぎのせいろ蒸し・・・どころの話じゃなかった)アイスミルクとカフェフロート(←なんて組み合わせなんだか)をがぶがぶと飲み干し、機内ではまた眠る眠る眠る。頬のあたりに乾燥とは違う(日焼けだよ)肌の痛みを感じて「しまった」と思うものの、それを上回る眠気には勝てず、せっかく着ていった(36サイズで大丈夫だよねーと思ったら、付属のベルトが細くてちょっと焦った)ドット柄のワンピースにヨダレをこぼしかけたくらいに、何もかも分からなくなる勢いで眠って、どすんという衝撃で目を覚ませばそこは仙台空港(恥)。ふふ、滞在時間5時間40分とはいえ、ちゃぁんと仙台−柳川は日帰り往復できたからね。 もう一度、今度はもっとゆっくりと時間を取って訪れてみたい街だと思った。できれば桜の綺麗な春先か、紫陽花や花菖蒲が身頃の(でも雨が心配な)時期に、食事や川べりの散策も含めて街のあちこちを楽しんでみたくなった(白秋と壇一雄の歌碑は見たけれど、木俣修のもあったなんて知らなかったよ)。『御花』の庭が松島を模したものだっていうなら、それも見なくちゃいけないよね。『この道』に詠われた道も、自分の足で歩いてみたくなったんだよ。 “口笛”に出てくる遊歩道と水路って、てっきり世田谷のそれだとばかり思っていたけれど、この街の光景も意識のどこかにあったのかなぁ。帰りの特急の中で、窓の外を見ながら、ぼうっとそんなことを考えていたのだった。 |
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